ほれみたことか

記憶の彼方へ

↓の記事でみなさんにお返事を書こうとしたら、昔の思い出話を思い出したので書いてみようと思います。  
つまらない思いで話しですので、 読む価値などありませんよ

高校生の頃、恥ずかしながらロックバンドというものをやっていました。
しかし、もともとあまりロックという分野に興味がなかったのですが、先輩に勧められ、しかたなくやっていました。
もともとやり始めると融通が利かない性格なので、どうも学生バンド特有の技術云々よりモテればいい感覚が馴染まず、悩んでいました。

そんなとき、私の人生を大きく変える素晴らしい先生に出会いました。

非常勤講師だったその先生は、当時校則がとても厳しかった私の通う私立高校で、色落ちしたクラッシュジーンズに、よれよれのシャツ。髪は適当にボサボサで、ガリガリの、ホームレス生活の経験を持つ、それでいて気取りのない優しい異色の先生でした。

部活が終わり、いつものように誰もいない部室で、何も知らずホントに適当にレコード屋さんで買ったジョンコルトレーン(今考えるとゾッとしますが)のCDを聞いていると、その先生が偶然やってきて、
「きみ、いいの聞いてるね」 と話しかけてきたのです。
それ以来、教師と教え子を超えた、親友になりました。

音楽、特にjazzをこよなく愛する先生で、どんな曲でも一瞬聞いただけでアーティスト名とアルバム名を瞬時に答えるほどでした。 
その影響もあり、来る日も来る日もjazzを聞き、時には高架橋下でセッションしたり、jazz喫茶で遊びで演奏させてもらったりと、朝から晩まで音楽尽くしでした。 
まぁ、そういうことなのでまったく勉強はしませんでした。
   
しかし、そんな楽しい日々もつかの間で、当時生活指導の先生になぜか異様に嫌われていた私と仲良くしているからか、 校風にそぐわないという理由で他の学校へ転属されることになりました。
まるで軍人学校のようなふざけた教育方針だった学校で確かにその先生は異色で、生徒たちに好かれる姿が、他の先生からしたらとても妬ましかったことでしょう。
転属挨拶の時、「型にはまるな、アーティストに生きろ」と言って学校を去りました。

もちろんその後も連絡を取りあって、時には一緒に音楽活動もしていましたが、
突然連絡も途絶えてもうかれこれ10年近く経ちました。
 
音楽の話しをすると今でもあの頃の楽しかった思い出が蘇ります。
今でもたまに、あの高架橋の下で先生があまり上手じゃないサックスを吹いているような気がして、
今でも、たまに足を運ぶことがあります。 
先生がよく吹いていた、デビッドサンボーンを聞きながら。  


ちょっとしんみりした気分になりましたが、
これって「電車男」見たいに映画にになりませんか? 
誰か作ってください。

まったく、98765421さんのせいでとんだ思い出話しまで暴露してしまいましたよ。
もう恥ずかしいので以後私事は慎みます。
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by rs_yositomi | 2005-06-27 19:58 | たわごと

思い知れ
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